清国海軍 北洋水師 防護巡洋艦 済遠
Chinese cruiser Jiyuan


済遠は、清国海軍がドイツのフルカン社に発注して就役させた防護巡洋艦で同型艦はない。
北洋艦隊に所属し、日清戦争では豊島沖海戦に参加して日本海軍巡洋艦吉野と砲撃戦を展開。
吉野よりの砲弾が艦橋に命中して副長沈寿昌が戦死すると白旗を掲げて降伏を装い、日本艦隊が
巡洋艦広乙の追撃に向かうと、白旗、日本国旗を掲げたまま浅瀬に突入して吉野をかわし逃げ切った。
黄海海戦では戦艦定遠、鎮遠と作戦行動をともにして戦ったが、海戦後半、清国艦隊が日本艦隊の
十字砲火を浴びて混乱すると巡洋艦広甲と共に戦場から遁走し、旅順に帰還してしまった。
近代の海戦において唯一の軍艦敵前逃亡事件である。
後に艦長(方伯謙大佐)は敵前逃亡の罪で翌日銃殺となった
その後威海衛の戦いで艦隊全てが降伏し日本海軍に鹵獲された。
日本海軍に編入されてからは三等海防艦に類別され日露戦争にも後方支援で参加。
邦人の輸送や哨戒活動に従事したが1904年11月30日、鳩湾で二〇三高地攻撃を支援中にセントアップス頭北西沖で触雷し沈没した。

 こちらもS-modelさんからテストショットでお送りいただいたキットです。
なにか元々ドイツで河川防備用として開発された艦種らしく、そのため喫水が非常に浅くて黄海海戦の時もわざと浅海域に逃げ込んだと言われていますね〜。
さすがにこの辺になるとほとんど資料も無く、キット指定の塗装での仕上げとなっています。

 砲塔は日清戦争前の天蓋付きの砲塔と船中の露砲塔のコンパチになっています。
真鍮製挽物の砲身が素晴らしい出来で、ここはやはり露砲塔をチョイス。
建造時は砲塔を覆う天蓋(非装甲)があったようですが、一発ぶっぱなすと発射煙でなにも見えなくなってしまっため、開戦後は蓋をはずしていたようです。
これは定遠、鎮遠も同じだったとか。
今回はHMEに出展するため急いで製作したために張り線はしませんでしたが・・・・煙突のファンネルガイだけは付けたくて、0.2mmの真鍮線を使ってみたのですが、写真で見るとちょっと太すぎましたね。

 このキットも先の定遠と同じく、ボート架台等がエッチングパーツでの構成となっています。
精密感は向上しますが、目がしょぼくなって来た昨今、結構きついものがありますね〜!

 この辺の時代の艦にはシュラウド(ラットリン)の網目エッチングは欠かせません。
これが有ると無いとでは仕上がりに大きな差が出ます。
また、ヤードのふっとロープなんかも、かゆい所に手が届く配慮が嬉しいですね。

 いつものディオラマ仕立てにしましたので、なんか余っていた艦載艇の底を少し削って周りに置いてみました。
人が乗ってないので…流れていったみたいに見えます…(笑!)

製作 kudopapa@副長
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